夜想〜不変と変化〜

この小説は、聖騎士”天才”西川俊也と妻麗子についてかかれた小説です。
 午前3時、西川麗子(にしかわれいこ)は目を覚ました。
 意識が覚醒し、気だるい、だが、心地よい疲労感が体に残っているのを感じた。
 麗子はそっと身を起こすと、隣に寝ている男を見る。
 彼女の夫 西川俊也(としや)
 その寝顔を、じっと、そしていとおしく見つめていた。
(あなた……)
 麗子は心の中で呟いた。
 この数年間で、彼女の人生は激変した。
 研究員として知り合った俊也と結婚し、幸せな日々を送っていた彼らに訪れた研究中の被曝事故
 その事故の結果、麗子は肉体を失い死霊となり、俊也は超常の力を得た。
 死霊となっても麗子は俊也のそばにいた。
 それが愛というなの束縛である事を知りつつも、彼から離れることはできなかった。
 俊也は死霊となった麗子をも愛し、そして甦らせるための研究に身を費やした。
 その過程で、この世界を滅ぼそうとする666の魔獣の存在を知った俊也は、その戦いに身を投じた。
 世界を守るためではなく、この世界ならざる存在から、麗子を復活させる糸口を見つけるために。
 そして、麗子は復活した。
 俊也の努力の結果ではなく、”創造”の魔獣王の力によって
 その戦いによって、力尽きた俊也と供に甦ったのであった。
 死者蘇生。
 それは、この世界の摂理に反することゆえに、異なる摂理の創造を司る魔獣王にはたやすいことであったのだ。
 その魔獣王も、もはやこの世にはいない。
 魔獣博士とユメコ、二人で一つの魔獣王
 互いを愛し、滅びの道としりつつ魔獣王として戦った二人
 彼らとは共感できるものがあった。
 それを彼らも感じていたからこそ、滅び行く際に麗子達の復活を望んだのであろう。
 麗子は、俊也を見つめる。
 彼はまだ魔獣と戦っている。
 麗子との生活を守るために。
 その戦いの半ばで、死ぬ危険性もあることを覚悟の上で……。
 麗子は、出会ったばかりの頃の俊也を思い出した。
 昔よりも今のほうが、正義感が増していた。
 能力は上昇したはずなのに前よりも自分の才能に謙虚な態度をとるようになった。
 そして、何よりも麗子を見る眼が前よりも優しくなっていた。
 自分はどうなんだろうと、麗子は想う。
 結婚してから同じ時間を共通してきたが、死霊になっていたぶんだけ、心の成長は遂げていなかった。
 死者は成長しない。
 あるていど自我さえあれば、記憶や経験は蓄積されるが、その自我の中心たる想いは、死んだ瞬間に凍結される。
 いや、それだけ強い想いだからこそ、死してもこの地に残ることができるのだ。
 だが、それだけだ。
 新たなる想いを育む事はできない。
 その事実を、魔獣王の力で甦った後、俊也を改めて見たとき、彼女は理解した……
 麗子は想う。
 人の想いは変化すると。
 経験し、考え、そして時には忘却し、人々は自分の想いを書き換えていく。
 だが、それは、今までの積み重ねの結果なのであり、突然の心変わりでさえ、それまでに、そうなるだけの理由があるのだ。
 麗子は俊也を見る。
 死霊として停滞した思考を知ってしまった麗子は、永遠の愛などは信じていない。
 俊也に対する想いもどんどん変っていく。
 そう昔よりも、死霊となった頃よりも、そして甦った時よりも……
 ……1秒、1秒、時が経つごとに愛おしさが増していくのだ。
 自分が彼を愛するように彼も自分を愛してくれるよう彼女は自分を磨きながら、これからも彼とともに暮らしていくつもりだった。
 何かが二人を別つその時まで。
 俊也の横顔を見ていた麗子は、気づく。
 彼の寝息が変っていることに。
 彼女が起きた事に気づき目を覚ました俊也が、たぬき寝入りしているようだった。
 麗子はくすりと笑う。
 ”天才”の字名をもち、聖騎士の称号を得た夫の姿がまるで悪戯っ子のように見えた。
 かすかに俊也の顔の筋肉が動き、呼吸が乱れた。
 麗子に気づかれ、起きるタイミングを完全に逸してしまったようだ。
 柔らかな笑みを浮かべ、麗子は、寝たふりをしている俊也の頬に軽くキスをする。
「おやすみなさい、あなた」
 窓の外をみると、月が輝いていた。
 月光が降り注ぐ夜、麗子は想う。
 永遠なんて存在しない、だが、よりよく変っていくことはできる。
 そして、私は彼と変らないようでいて、しかし、確実により幸せになっていきたい。
 彼女はそう願っていた……。

あとがき
 ふと思いつき、ほぼ1日で書き上げた小説です。
 これからのサイト運営や、騎士のEVについての想いを含めて書いたつもりです。
 短い小説ですが、楽しんでいただけるとうれしいです。
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